お葬式

DATE: 09/09/2012 11:05:06 AM

同年代の葬儀に参列した。

禅宗だったのでお坊さんの数も多く、祭壇の作りも問題なく、司会者の「しみじみ個人をしのぶ」手なれた口調もよいのだが、なんなんだろう、この違和感って?

とくに「こんなに早く」という年齢で逝った人の葬儀では、遺族や周囲は悲しみにくれたり愕然としている暇もなく、葬祭会社・葬儀場のマニュアルに従って粛々と儀式を進行させるための準備に忙殺され「悲しんでいる暇もない」。

こういう場でいつも感じることは、葬式は後に残された者のためだということ。

一定の儀式でとりあえず社会的に折り合いをつけておいて、つまり社会的にけじめをつけて一件落着にしておかなければ、先に進めない。

そのあとで、それぞれの感懐にふけるのであれば自由にどうぞ、ということ。

いろいろな手続きや決めるべきことが多くて遺族が「悲しんでいる暇もない」というのは、それはそれで意味のあることだが、ひるがえって自分の場合はそういうことはさせたくないとも思う。こういうことが他人事じゃない年齢になって、後始末も考えておかなければ、という気にもなるが、人の葬儀に出ていながら、自分の場合に置き換えてあれこれと雑念がでてくるのも、われながら俗っぽすぎていやになる。